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宇都宮地方裁判所 平成2年(ワ)17号 判決 1991年9月27日

宇都宮市塙田三丁目五番二四号

原告

橋本和夫

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

佐藤恵

右指定代理人

門西栄一

神谷宏行

谷古宇弘次

村田英雄

多田賢一

国井昭男

丸山啓司

嶋田恵一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(請求の趣旨)

一  被告は、原告に対し、金一〇〇万円を支払え。

二  被告は、原告に対し、関東信越国税局が平成二年九月六日午後に宇都宮市塙田三丁目五番二四号橋本クリニック内において不法に取得した資料の返還及び記録の抹消をせよ。

被告は、右資料を今後の行政行為に使用してはならない。

三  被告は、原告に対し、関東信越国税局が平成二年九月六日午後に宇都宮市塙田三丁目五番二四号橋本クリニック内において不法に取得した資料及び記録により取得した情報を基に第三者から取得した全ての資料の返還、及び記録の抹消をせよ。

被告は、右資料を今後の行政行為に使用してはならない。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

(請求の趣旨に対する答弁)

主文と同旨

第二当事者の主張

(請求の原因)

一  関東信越国税局資料調査課二課大沢稔及び宇都宮税務署所得第三部門砂田充(以下、右二名を「係官ら」ともいう。)は、関東信越国税局長竹内克伸の命を受けて、平成元年九月六日午後一時過ぎ、原告の不在中に突然、原告が肩書住所地で開業している橋本クリニックを訪れ、税務調査をした。

二  係官らは、一人で右クリニックの留守番をしていた女子パート職員福田紀子に対し、身分証明書の提示をせずに、税務調査をした。

三  また、係官らは、右福田紀子から、知らない男と長時間同室できないので退去するように要請され、かつ、原告が外出先から右クリニックへ電話を入れた際に前記大沢稔の来訪を知った原告から翌日に来訪するように言われたのにもかかわらず、それに応ぜず、午後三時三〇分過ぎ頃から原告が帰宅した午後四時過ぎ頃まで室内での資料の収集をし、右福田紀子の強い抗議にもかかわらずそれを続行した。

原告が、同日午後四時過ぎに帰宅し、右違法な資料収集を目撃し、係官らにその違法性を質したところ、大沢稔は、女子職員が口頭のみの抗議で実力をもって阻止しなかったから適法である旨答えた。

四  前記国税局は、それによって得た資料をもとに、原告が査察を受けたと誤認させるような態度で、証券会社及び銀行等に対する反面調査を行った。

なお、前記砂田充は、平成元年九月七日午後、税務調査の目的で訪ねた宇都宮市内所在大和証券株式会社宇都宮支店において、対応した担当者中村栄男が中座した隙に、同支店の資料を鞄に入れて持ち去り、前記大沢稔は、同年九月、税務調査の目的で訪れた宇都宮市内所在富士銀行宇都宮支店において、対応した担当者磯部昌男が中座した隙に、同支店の資料を鞄に入れて持ち去るなど違法な調査をし、その他、仙台国税局職員が、仙台市内の東京証券仙台支店において中元・歳暮の全送付先の名簿を押印するなど第三者をして原告が犯罪を犯していると思わしめるような行為をして、原告の基本的人権を侵害した。

五  よって、原告は、被告に対し、前記国税局の不法行為に基づく慰謝料金一〇〇万円の支払を求めると共に、前記違法な調査により収集した資料の返還及び記録の抹消並びにそれを行政行為に使用することの禁止を求める。

(請求の原因に対する認否)

一  請求の原因一の事実中、関東信越国税局調査資料課二課大沢稔及び宇都宮税務署所得第三部門砂田充が、それぞれ所属庁の長から命令を受けて、税務調査のため、平成元年九月六日午後一時頃、原告が肩書住所地所在の原告事業所を訪れたこと、そのとき原告が不在であったことは認めるが、その余の事実は知らない。

二  同二の事実中、右係官らと応対した女性が一人であったこと、右係官らが、応対した女性に身分証明書を提示しなかったことは認めるが、その余の事実は知らない。

三  同三の事実中、原告が原告事業所において右係官らの行為が違法な資料収集である旨申し立てたことは認めるが、右係官らが、原告から翌日再来するように求められたこと、右係官らが原告及び応対した女性から退去を求められたことは否認するが、その余の事実は知らない。

四  同四の事実中、証券会社及び銀行等に対する反面調査を行ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

五  同五は争う。

(被告の主張)

一  原告は、原告肩書住所地の事業所及び仙台市内に設けた事業所において、皮膚科及び美容外科の診療を行っている医師であり、遅くとも昭和五七年から自己の所得について宇都宮税務署長に対し確定申告するようになった。

二  関東信越国税局及び右税務署長は、右申告の正確性についての調査を必要とすると認め、前記係官らが税務調査に当たることとなり、平成元年九月五日午後一時頃、所得等についての質問などによる税務調査のために、原告肩書住所地の前記事業所を訪ねた。

三  右係官らは、右事業所において、原告の従業者であると認められた女性(以下、「女子職員」という。)から、原告は不在であるも間もなく戻る旨の説明を受け、女子職員の承諾を得たうえ、右事業所内の待合室において原告の帰宅を待った。

四  同日午後二時頃、原告から右事業所への電話が入り、女子職員が診察室において通話したので、係官らは女子職員に対し、原告に直接用件を伝えたいので替わって欲しい旨申し入れたが、断られた。

五  その後同日午後三時三〇分頃、再び原告から右事業所への電話が入り、その通話をした女子職員が係官らに対し、原告が来訪の目的を教えるよう求めている旨を告げたので、大沢稔において、女子職員に対し、原告へ国税職員であることのみを告げるように求めたところ、原告との通話を終えた女子職員は、係官らに対し、原告が後刻戻ってくる旨を告げた。

六  更にその後同日午後四時三〇分頃、黒色のごみ袋を持った女子職員が診察室から戸外へ出て行こうとするのを目撃した係官らは、以上の状況のもとにありながら唐突にごみ袋を持ち出そうとしている女子職員の挙動に不審を抱き、後を追った砂田充において女子職員に対し、ごみ袋の内容を確認させてくれるように求めたところ、女子職員は、なんら抗らうことなくごみ袋を待合室に運び入れ、その内容を確認させてほしい旨の大沢稔の申し出に対し、「後で先生に叱られます。」と言いながらも、自ら袋を開いて係官らに提示した。

七  係官らは、右ごみ袋の中に、医業に関する書類のみならず、有価証券取引に関する書類が存在することを現認し、その記載内容を書き写そうとしたが、そこへ原告が戻ってきてた。

八  そこで、係官らは、原告に対し、右書き写し中の書類と身分証明書とを提示して、原告の事業内容、資産保有状況、有価証券取引状況等について調査したい旨を告げたところ、原告は、右書類の返還を求め、係官らも、原告からの任意の提出を得られない以上、領置することはできないので、それを原告に返還した。

更に、係官らは原告に対し、取引銀行名などについての質問を重ねたが、原告は、取引銀行のうち「足利銀行宇都宮支店」のみを明らかにしただけで、その他について「処罰されることがあっても答えない。」旨を述べるだけで、明らかにすることを拒んだ。

九  被告所部係官は、原告の有価証券取引状況について反面調査をする必要があるものと判断し、関東信越国税局資料調査第二課所属の係官をして証券会社等に対し、原告に関する帳簿書類の検査などを申し入れ、任意の提出を得て現在も調査中である。

十  以上のとおり、右係官らの行為にはなんら違法な点はない。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  関東信越国税局資料調査課二課大沢稔及び宇都宮税務署所得第三部門砂田充が、それぞれ所属庁の長からの命令を受けて、税務調査のため、平成元年九月六日午後一時頃、原告肩書住所地所在の原告事業所を訪れたこと、そのとき原告が不在であったこと、以上の事実は当事者に争いがない。

二  右係官らが、右事業所において、居合わせた女子職員に、身分証明書を提示しなかったことは当事者間に争いがないところ、原告は、右提示をしなかったことをもって違法である旨主張する。

しかしながら、税務調査をするに際し、その担当係官には、相手方から身分証明書の提示を求められない限りその提示をする義務まではないところ、右従業員がその提示を求めたことを窺わせる証拠はなく、むしろ証人大沢稔の証言によれば、右係官らが、同日午後、税務調査のため右事業所を訪ねた際、折から原告が不在であったところ、右係官らにおいて、応対に出た留守番をしているという女子職員に自らの名を告げたうえ、原告は間もなく戻って来ると言う右職員の承諾を得て右事業所の待合室において原告を待ったが、右職員において、右係官らに対し、身分証明書の提示までは求めなかったことが認められるから、原告の右主張は採用できない。

三  原告は、右係官らが、右職員から右事業所からの退去を求められ、かつ、原告から電話で翌日に来訪するように求めたのにもかかわらずそれに応ぜず、また、右職員からの強い抗議にもかかわらず税務調査をしたこと、以上を前提に、それが違法である旨主張する。

しかしながら、右職員が右係官らに右事業所からの退去を求めたこと、原告が電話で右係官らに翌日に来訪するよう求めたこと、右職員が右係官らに抗議したこと、以上の事実を求めるべき証拠はなく、むしろ証人大沢稔の証言によれば、

1  右係官らは、前記のとおり原告事業所の待合室において原告が戻って来るのを待機中、同日午後二時頃、架かってきた電話に診察室において応対している右職員に対し、原告からの電話であるならば原告に用件を伝えたいので替わって欲しい旨申しいれたが、断られ、

2  右係官らは、その後午後三時三〇分頃、原告からの電話に応対し原告から右係官らの来訪の目的を尋ねられて右係官らにそのことを尋ねようとした右職員に対し、国税の件で尋ねたいことがあるとのみ伝えるよう求め、また、電話を替わって欲しい旨申し入れたところ、原告との通話を終えた右職員から、原告が間もなく戻ってくる旨のみを告げられ、

3  右係官らは、その後同日午後四時三〇分頃、黒色ビニール製様のごみ袋を持った右職員が診察室から戸外へ出ていこうとするのを目撃し、唐突にごみ袋を持ち出そうとしている右職員の挙動に不審を抱き、後を追って右職員に対し、ごみ袋の内容を確認させてくれるように求めたところ、右職員は、それに応じてごみ袋を待合室に運び入れ、「後で先生に叱られます。」と言いながらも、自ら袋を開いてそれを係官らに提示し、係官らにおいて、右ごみ袋の中に、薬品仕入伝票や薬品の空箱等のみならず、株の売買に関する書類等が存在することを認め、その記載内容を筆写し始めたところへ原告が戻り、そこで係官らは、原告に対し、身分証明書を提示して、原告の株や不動産の売買状況等について質問等の調査をしたが、原告は、核心部分について、調査受忍義務違反に問われようとも答えないとか、査察のような調査は違法であるなどと述べて質問に応じなかったことが認められ、右事実によれば、右係官らの行為は、原告の雇用する職員の同意のもとになされた医療機関の待合室での待機、ごみ袋の内容物の調査等であった、それ自体は、所得税法二三四条一項所定の質問検査にまで至らないところの、関係者の同意のもとになされた、税務調査の準備行為及び制裁の予定されない税務調査そのものとして許容されるものであるうえ、右係官らの行為にはその他にも違法な点が認められないから、原告の右主張は採用できない。

四  原告は、右原告主張事実を前提に、そのような調査によって得た資料を手掛かりとした金融機関等に対するいわゆる反面調査は違法である旨主張するが、右に見たとおり、その前提を欠くから、右主張は採用することはできない。

五  原告は、右反面調査の方法ないしその際に違法行為があるとして、損害賠償及び資料の返還等を求めるようでもあるが、原告の主張によれば、調査を受けたのは原告以外の者であって、たとえ原告の主張する如く、その調査の際に、単に違法な行為があったから、あるいは、不正な方法で資料を収集したり、金融機関等に対する税務調査により原告に対する税務査察・犯罪捜査がなされたとの誤信をもたらしたからといって、それだけでは原告に前記のような損害賠償請求等の権利を生じさせる原因とはなりえず、その他に、例えば原告が脱税しているとの言辞を用いるなど、それを生じさせるべき格別の事情の主張・立証もないから、原告主張にかかる右事実の存否に立ち入るまでもなく、原告の右請求を容れることはできない。

六  以上検討したところによれば、原告の請求の趣旨第二項及び第三項の訴えについては請求の根拠及び対象等について不明確であって不適法であるのみならず、その点はさておいても、同第一項を含むいずれの請求もその前提を欠き理由がないというべきであるから、これらを失当としていずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決をする。

(裁判官 草深重明)

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